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Folklore Heritage No. 1: Stele forByeon Jong-in1

Folklore Heritage No. 1: Stele forByeon Jong-in2

郷土遺跡第1号「恭荘公卞宗仁神道碑」

所在地 : 富川市古康洞山63-7

時期 : 朝鮮時代初期

朝鮮時代初期の武臣、恭荘公・卞宗仁(1433-1500)は、富平黒梁里(朝鮮時代当時は富平郡 下梧亭面、現在は古康洞)で生まれた。 卞宗仁の諡号「恭荘」は、仕事を注意深く行い恭しく王に仕えたため「恭」、 敵に打ち勝ち意志が強いことから「荘」が与えられたと 朝鮮王朝実録に記されている。 神道碑とは墓碑の一種で、二品以上の官職を務めて「君」や「公」などの諡号が与えられた 者の生涯の経歴が記された碑である。墓の前や墓へつづく道の東南に置かれ 南側を向いて建てられる。

 

Folklore Heritage No. 2: Grave and Grave Marker of Han Eon1

Folklore Heritage No. 2: Grave and Grave Marker of Han Eon2

第2号「韓堰の墓と墓表」

Designation Date : February 5, 1998 (Re-designated on May 13, 2013)

所在地 : 富川市桂寿洞山3-23

時期 : 朝鮮時代初期

朝鮮時代初期に桂寿洞で暮らしていた文臣、韓堰(1448-1492)は、韓明溍の息子であり 領議政の韓明澮の甥である。幼い頃から優れた才能を持っていた韓堰は、22歳の年齢で 進士試験にて壮元及第し、高い官職に上り詰めたが、常に謙遜さを失わなかったため、 多くの人々が彼を褒め称えたといわれている。 清平君韓堰神道碑は、石の大きさや形が中国風様式を模して造られたことが ユニークな点だが、これは韓堰が中国の明へ使臣として派遣されていた時に死んだため、 韓堰の遺体とともに墓に使う物を中国から持ってきたものと推測されている。 韓堰神道碑は郷土遺跡2号に指定され、桂寿洞に所在している。

 

Folklore Heritage No. 2: Grave and Grave Marker of Han Eon1

Folklore Heritage No. 2: Grave and Grave Marker of Han Eon2

第3号「韓準の墓と神道碑」

指定日 : 1998年2月5日(2013年5月13日 変更)

所在地 : 富川市桂寿洞山3-22

時期 : 朝鮮時代中期

朝鮮時代中期の文臣の韓準(1542-1601)は、24歳で官職を務めて清廉な政治を行ったため 民衆に愛され、異民族も深く感嘆して従ったといわれている。 歴史資料を通して韓準の人柄について知ることができる。「韓準は病により長い間苦しんだが 財欲や名誉欲がなく、国が贈った物によりかろうじて葬儀を行うことができた」 桂寿洞に所在する韓準の神道碑は、郷土遺跡3号に指定され保護されている。

 

Folklore Heritage No. 2: Grave and Grave Marker of Han Eon1

第4号「李漢珪の墓」

Designation Date : May 27, 2004

指定日 : 2004年5月27日

所在地 : 富川市如月洞山55

時期 : 朝鮮時代中期

李漢珪(1662-1729)は、朝鮮中期に正二品都摠管、知中枢府事、昌城防禦使、 忠清水軍節度使、慶尚右兵馬節度使の官職を務め、墓は1729年(英祖5年)楊州に 建てられた後、14年が過ぎた1743年(英祖19年)に現在の富川市如月洞に 移葬された。郷土遺跡4号に指定された李漢珪墓は、墓の前に墓碑、床石、魂遊石、長明燈、 望柱石などの石が備えられている。

 

Folklore Heritage No. 5: Bucheon Nonggi Godumari Festival

Folklore Heritage No. 5: Bucheon Nonggi Godumari Festival

第5号「富川石川農旗叩頭マリ」

指定日 : 2016年2月1日

所在地 : 富川市富興路402番キル36(深谷洞)

保有者 : 富川農旗叩頭マリ保存会

毎年8月15日に中洞と上洞一帯で開催される農旗コドゥマリは、昔から伝えられる民俗儀礼で、近所の人々の親睦と団結を図るため、村と村による農旗倒し競争を行って楽しみ、農業に疲れた心と体を慰めた行事である。この農旗コドゥマリは6月の草取りが終わってから開催され、初めての草取りと2度目の草取りでは農旗を畦畔に刺し、農楽演奏者が楽しく楽器を演奏して雰囲気を盛り上げ、仕事をする人々は高揚した気持ちで楽しく草取りができたという。